無理をしない生き方

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みなさん こんにちは

 クリスタルライフコーチの若松えり子です

「死にもの狂いで頑張ります」

といったいわゆる根性論

昔、デザイン会社で働いていた頃

社員にボーナスが出せなくなる経営不振になり

社長自らが、わたしの働いていた部所へきて

部長に「これからどうやっていこうと思っとるのかね?」

と聞いたところ、

「死にもの狂いで頑張ります!!」

すると社長は、

「いやいや、そういうことを聞いてるんじゃないよ、

もっと具体的にどうしたいのか、を聞いてるんだよ」

部長「・・・。」

部下も20人ほどいましたが、だれも何も言わず

新卒だったわたしも、無論何も言わず

ただただ、情けない部長の姿を眺めていた・・

そんなことをふと思い出しました。

・・先日、メルマガを整理していましたら、ある記事に目がとまりました。

アマナマナのクリハラさんってかたのメルマガ記事です。

以下、ご紹介します。

—略

私自身も未熟で、知識もさほどなく、

それなりに色々な困難がありました。

そして、やり取りの中で、

私は、高僧に対して、

「何とかがんばります」

とか「克服してみます」

といった類のいわゆる根性論で、お返事をしたことがありました。

そうしましたら、高僧は、

ケラケラと高らかに笑ってこうおっしゃいました。

「チベット人で、自分に出来ないことを、ムリにやるとか、

私は出来ますなどと言い切る人はまずいませんよ。

出来ないことに助けを求めることは、恥ずかしいことではありません。

私もそうですが、チベット人は、出来ないことはハッキリ出来ないと 言いますよ。

あなたの、そのムリを背負い 込んだり、

心が喜んでいないことにエネルギーを向ける癖は 直したほうが良い。」

・・・え?!

私は幼いころから、一生懸命、努力をしてまじめに働くこと、

自分の弱点を少しでも克服すること・・・

を、人としてとても大切な心得だと 家でも学校でも学んできたので、

チベットで最も尊敬されている立場の 高僧から、

この返事を聞いたときは正直なところ、

『えぇ~? そんなにゆるくていいんですかー?

しかも、高僧たる立場の方に出来ないなんて、とても言えない・・・』

と思っていました。

しかし、それでも「何とかしてやります」と言いかねなかった当時の私に、

高僧はこうも付け加えられました。

「ムリをしない、と 物事は逆に 自然とよくなっていきますよ。

チベット人は、自分に対しても、人に対しても、常に正直です。」

私はこの言葉を聴き、 瞬時に、

『確かにその方が最終的にはお互いに 長く幸せだなぁ』と深く腑に落ちました。

それからは、自分の心が弾む方向の努力はしても、

心にムチ打ってまで相手の期待に応えようとムリをしたり、

自分にとって優先順位が高い何かを犠牲にしてまでする努力を控えるようになりました。

そして、

それは怠けるとか、目標値やレベルを下げるということではなく、

「自分自身を生きる」

という最も基本的な姿勢であることにも気づきました。

この高僧とのやり取りのおかげで、

幼いころから自分の頭に思い込みや刷り込みという形で刻まれた癖のようなものに気づき、

方向修正をすることができたのですから、

ムリをしていた私に正直に思いを語ってくださった

高僧の笑顔と 一言に深く感謝をしないではいられません。

そして、

それからは、失敗をしても、 恥をかくことがあっても、自分を否定するのではなく、

『あ、これは 自分らしくないから、無理をするのはやめよう。』

とあくまでも「自分らしくある」ことを意識して、

失敗や恥で感じた負の感情の上塗りを繰り返さないで済むようになりました。

もし今、ご自身で「何か違うな」とか、なぜか幸せな気持ちになれないことを続けているとしたら、

自分らしくあることを捉え直す時期にきているのかもしれません。

——-

何かしっくりこない、

何かズレてるな・・

と感じるときこそ、本来の自分自身が輝き始めるチャンスなのです。

このズレを感じているのに無視していれば、

本来の自分自身からどんどん遠ざかってしまいます。

前述の部長のように、根性論の口先だけでは、何も変わりません。

今の現状を認め、自分自身を受容し、

今の自分にできることは何なのか

何がしたいのか

何をするのか

を明確にすること

自分をごまかさず、自分に正直でいること

が、結局、

無理をしない本来の自分でいられるから、楽なのです。

人は人

自分は自分

デスネ

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